村瀬二郎 元会長 死去

村瀬二郎元会長が8月5日、心不全のため市内の病院でお亡くなりになりました。享年86歳。葬儀はご家族のみで行われました。11月3日、新JAA会館で追悼会を行います。

村瀬氏は、JAAにおいては、1975年JAA入会(会員番号867)、その後理事となられ、1996年から1998年まで、3期会長を務められました。一貫して、JAAの経営基盤、奨学金制度や高齢者福祉をご支援くださいました。
ニューヨーク州の弁護士として、50年以上にわたり、日系社会の重鎮として、コミュニティーの皆さんの相談や、日米欧の企業の弁護士としてアドバイスを行い、高度経済成長時代の日本の企業を米国で支えてきました。米大統領通商諮問委員も務めました。1989年4月、その功績により、勲二等瑞宝章を受章しました。

ご冥福をお祈り致します。


ボビー・バレンタイン監督と
NYの少年野球チーム
被災地東北を訪問

ボビーバレンタイン監督率いる15歳を中心にした野球の大好きなアメリカの高校生14人が、8月1日から8月10日まで、被災地東北を訪問しました。

被災地の岩手県大船渡市で開催された日米野球交流プロジェクト「ボビーVと絆ベースボールキャンプ」として、地元少年野球チームとの親善野球大会や、漁港で漁師と一緒に働くボランティアも行いました。
8月7日には有名な夏の行事、仙台七夕まつりと花火大会にも参加し、日本文化に触れ、9日は仙台の東北楽天イーグルスのホーム球場コボスタジアムを訪問しました。

バレンタイン監督は、被災地を訪れ「決して忘れ去られていない」というメッセージと伝えることが、この旅の使命だと話していました。

この企画は、三菱UFJフィナンシャル・グループ、デルタ航空、グリニッジ ヴィレッジ少年野球協賛により、JAAと絆ファンデーションで企画しました。絆ファンデーションはJAA東日本救援基金が支援する団体です。三菱UFJファイナンシャル・グループの取締役福社長の田中正明氏、公式支援航空会社デルタ航空のスタッフ、ゲーリー森脇JAA名誉会長が参加しました。


JAA移転
新コミュニティーセンターの誕生!
JAAは9月下旬に新会館へ移転します。5番街と6番街の間、ブックオフの上です。スペースは現在よりも大きく5000スクエアーあり、JAAホールは125人以上が収容可能、パーティションでより多くの企画ができます。写真をご覧ください。電話番号、ファックス、Eメールアドレスの変更はありません。新JAAコミュニティーセンターとして活動を広げて行きます。

JAA新会館住所:49 West 45th Street, 11th Floor New York, NY 10036
高齢者問題協議会

第8回シニア・ウイークはJAA移転の為、11月8日から23日まで、JAA新会館で開催されます。現在企画提供者を募集中です。ご希望の方はJAA事務局まで。


東北から学生7名が訪米
「ビヨンド・トゥモロー」
8月4日、JAAホールに「ビヨンド・トゥモローズ・リーダーシップ・プログラム」に参加し、訪米中の東北の7名の大学生と高校生を迎えて歓迎会を開催しました。草賀純男大使ご夫妻、着任早々の宮川学首席領事を始め40名近くの方々が集まりました。学生はそれぞれの訪米での抱負を語りました。津波で肉親を失った学生は「過去は現在を変えることは出来ませんが、現在は未来を変えることが出来ます」と話し、将来は、自然災害に耐えるような地元再建に努めたいと力強く述べました。

「ビヨンド・トゥモロー」は、JAA東日本大震災救援基金が支援する団体の1つで、将来の日本のリーダーとなる人材の育成に尽力しています。今回の7学生は10日間に渡りニューヨークとボストンを訪問し、社会の発展推進力となる創造力と構想力を学びます。今回、選ばれた学生達は3・11の悲劇を乗り越え、国際的リーダーへの成長を期待されています。このプログラムでは日本の青年達が他国のリーダーや団体と交流し、リーダーへの資質を高めることを目的にしています。

公式サイト
www.beyond-tomorrow.org


加藤脩治さんと日系ライオンズへ
メッツ・スピリット賞
第5回ジャパニーズ・ヘリテイジナイト

7月11日に開催されたNYメッツのジャパニーズ・ヘリテージ・ナイトで、JAA理事・スポーツ委員会委員長である加藤脩治氏のハリケーンサンディの復興作業などへのボランティア活動を讃え、日本国総領事館の草賀純男大使夫妻と全米日系博物館のグレッグ・キムラ氏の参列の元、メッツ・スピリット・アワードが贈られました。同時に日系ライオンズクラブにも同賞が贈られました。加藤氏の活動は「日系人会の顔」の記事をご覧下さい。

スタジアムの外ではNY太鼓愛好会と僧太鼓による演奏が行なわれ、NYの日系コミュニテイーの情報を来場者に提供しました。入場料の一部はJAA高齢者問題協議会に寄付されます。

試合に先立ち、米国国歌がNYメンズ・グリークラブにより斉唱されました。


第29回JAA外務大臣杯軟式野球大会決勝戦
ジョーカーズ10度目の優勝!

優勝したジョーカーズ

2位のオレガ

3位のダンボーズ

第29回JAA外務大臣杯軟式野球大会・決勝戦と3位決定戦の2試合が、セントラルパークで行われました。ジョーカーズ(矢吹監督)対オレガ(山口監督)の決戦は歴史に残る「草野球」最高の醍醐味を見せてもらいました!

11回まで両チーム一歩も譲らず、延長12回に2対2になり、延長13回にジョーカーズが追加点を挙げ3対2として、試合に終止符を打ちました。

両陣営の応援団と、たくさんの見物人がネット裏で感心している事は、草野球とは思えぬ高度な技術の面々、スポーツマンシップを重んじた野球内容に称賛を送ってくれている事が何よりも嬉しく、心に残りました。

昨年度・優勝のビーズ(中村監督)対ダンボス(黒須監督)の3位決定戦は、4対2でダンボスが勝利。表彰式は、スーザン大沼JAA会長、NY総領事館・宮川学首席領事、青柳芳克領事部長、ゲーリー森脇JAA名誉会長、ジューリー東JAA副会長、スキーポーツJAA副会長の皆さんが応援方々式典を盛り立ててくれました。ありがとうございました。
(大会委員長加藤脩治記)

*最多勝利投手賞
6勝:アイバン・メンデス JRS
6勝:長島大介 SSG

*最多打点獲得賞
13打点:青山智弘 JRS

*最多ホームラン賞
3本:アイバン・メンデス JRS

*JAAスピリット賞
真木かほり Rodeo 50’s

*最優秀選手賞(MVP)
アイバン・メンデス JRS

*優勝:ジョーカーズ
*準優勝:オレガ
*第3位:ブルックリンダンボーズ

*感謝状:週刊NY生活社 &よみタイム社


夏のフリーマーケット
7500ドルをファンドレイズ
ご支援・ご協力ありがとうございました!
8月2日(土)午前10時から2時まで、JAAホールで夏のフリーマーケットを開催しました。朝の小雨にも関わらず、多くの方が来場し、7500ドルのファンド・レイズが出来ました。商品をご寄附の皆様、ご来場の皆様、セットアップから片付けまでのお手伝いの皆様、そして、美味しい喫茶コーナーのお食事を作ってくださいました皆様、ご協力ありがとうございました。ご苦労様でした。残りました商品衣類、雑貨等は日系ライオンズクラブが持ち帰り、地域の祭りやフリーマーケットで販売、JAAの新会館建設資金へ寄付されます。ありがとうございます。

第21回チャリティー・ゴルフ大会
9月15日(月)参加者募集!
@ハワース・カントリー・クラブ
今年で21回目となる、秋の恒例JAAチャリティーゴルフ大会が9月15日(月)ハワース・カントリー・クラブで開催されます。全日空ビジネスクラスNY—東京往復航空券を始めとする数々の豪華な賞品に加え、4ホールのショートホールに現金1万ドルのホールインワン賞(総額4万ドル)を設け、ラッフルや試合後の昼食会などを用意しました。グループ、ご夫婦、ご家族、もちろんお一人でもお気軽にご参加ください。当日は、ソフトスパイクのご使用をお願いします。JAAにとりましても大きなファンドレイジングですので、皆様のご協力をお願い致します。

■日時:2014年9月15日(月)雨天決行
■場所:Haworth Country Club
5 Lake Shore Drive, Haworth, NJ 07641
TEL: 201-384-7300
■開始:9:30am ショットガン ■競技方式:新ペリエ方式
■参加費:$270 -内$100が税金控除の対象
料金にはグリーンフィー、カート代、食事代を含みます
■定員:100人

JAA イヤーエンド・ディナー
12月5日(金)
新JAAコミュニティーセンターのFund Raising Dinner として、今年のイヤーエンドディナーを12月5日(金)午後6時からハーバードクラブ(35 West 44th Street)で開催します。詳細は後日ご連絡いたします。恒例の年末ディナーは、会員の皆様にはJAA新会館で楽しめるように企画いたします。

祝!おめでとうございます!

JAA理事カマール・ラマニ先生とネハ夫人に第一子シムランちゃんが、6月28日に誕生しました。神戸からお祝いに駆けつけた祖父の80歳のお誕生日もお祝いしました。シムランとは神の恵みを意味するそうです。お健やかに!


森脇JAA名誉会長

大沼JAA会長

★スーザン大沼会長とゲーリー森脇名誉会長が
2014年度外務大臣表彰に選ばれる!

日本の外務省が7月平成26年度(2014)外務大臣表彰受賞者を発表しました。ニューヨーク総領事館館内からJAAのスーザン大沼会長とゲーリー森脇名誉会長が選ばれました。
おめでとうございます!


IRSを名乗る
電話詐欺に注意
IRSの職員を名乗り「あなたの税金に問題があります。弁護士は用意できますか?」という電話詐欺が大量に発生しています。相手は訛りの強い英語で話し、詐欺だと感じて電話を切ると、数分後に「こちらは警察だが、先ほどの電話は詐欺ではないから対応するように」などと追い討ちをかける電話がかかってくる場合もあります。自分の弁護士の電話番号を渡した場合は、やはり数分後に「あなたの弁護士はこの件は扱えないとのことです。」との電話がかかってきます。この詐欺は「デビットカード」や「銀行振り込み」を指定し、お金を騙し取ろうとします。何か問題がある場合は、IRSからは、まず「手紙」で連絡が来ます。最初から「電話」のみで送金依頼をすることはありません。怪しいなと思ったら電話は切ってください!

松木隆志
精神科医新オフィス開業
日本人向けの精神科医による診療と投薬治療を行なっている松木隆志先生がNJのエッジウォーター・ファミリー・ケアー(住所別記)での診察を開始しました。ミツワ・マーケットのすぐ傍です。今まで通り、べス・イスラエルメディカルセンターでも受診を受け付けています。先生は高齢者問題協議会の一員で、シニアウイークなどでボランティアをしています。松木隆志 精神科医
新オフィス
Edgewater Family Care
752 River Road, Suite 202
Edgewater, NJ 07020
Tel: 201-943-4040
TakashiMatsukiMD@gmail.com

毎月の敬老会は、食事のメニュー、講演、相談室、余興とも充実したプログラムです。各テーブルには季節のお花が飾られ、毎月お誕生会を行い、カラオケなどアットホームな敬老会です。大島聖子社会福祉部部長とボランティアの皆様の献身的な努力のおかげです。
●ボランティア:大島聖子、田中昌子、白川理恵、佐々木洋子、中野敬子、清水弘子、鈴木奈美恵、笠間芙美子、榎あかね、橘髙良子、小風香織、中西慶子、森本マリ、長谷川円、荒川亜樹、オハロン美樹、服部利枝、森重優実、フェダーちえ、片山信子、山口昂子、アイリーン山口、コーン千津子 、クラーク幸恵, 大久保容子、ボルスター勝子 & Ichida & Iwaki Band

7月のお誕生日のみなさん

大西さんの日本舞踊

■7月の敬老会
●10日「七夕敬老会」

笹に願い事を書いた色とりどりの短冊を飾りました。ボランティアの心のこもった「しょうが焼き丼、野菜サラダ、澄まし汁、アイスクリーム」の後は、三上クニさんのジャズピアノ演奏、そしてIchida & Iwaki Bandの演奏でカラオケ演奏を楽しみました。参加者・ボランティア85人。

●24日「土用の丑の日敬老会」
メニューは人気メニューの「うなぎの蒲焼、きゅうりとわかめの酢の物、厚焼き玉子、清まし汁、マンダリンオレンジゼリー」。渋谷欣一先生の健康についてのお話の後、大西鏡子さんが「舞踊とエクササイズについて」お話しされ、最後に日本舞踊を披露されました。皆さん踊りに釘漬けつけでした。最後にIchida & Iwaki バンドの演奏で、飯塚国雄さん、鈴木靖さん、白川昭夫さん、松川としこさん、林啓一郎さん、佐藤健さん、ボナパルト静子さんの熱唱を楽しみました。参加者・ボランティア135人。
午前中はヘレン・イリエ弁護士と滝川玲子弁護士が遺言などの無料法律相談を受けました。

★8月の敬老会はありませんでした。


●会員末村敬三さんが6月13日、療養中のフォーレストヒルズ病院で亡くなりました。享年88歳。末村氏は第三東京師範学校卒業後、1959年とし夫人とアーティストとして夢を抱いて、渡米。初期のアーティストグループの一員として、日米で活躍しました。アーティストとして活動する傍ら、補習校の先生として25年間勤務、自宅で塾も経営していました。ニューヨーク日本人美術家協会の理事でした。6月19日から日本クラブで開催された発足時の美術家協会展に出品されました。

●会員ケリー・エイイチ・桑山さんが6月26日、ワシントンDCで亡くなりました。享年96歳。桑山氏は長いJAAの会員であり、マンハッタン生まれでした。第442連隊で衛生兵として、イタリア・ポーヴァレーの戦いで故ダニエル井上上院議員の命を救いました。詳細は5ページの日系人会の顔をご覧ください。



Thank you very much for your support of JAA !JAA received support from Mitsui U.S.A. Foundation for JAA-Mitsui U.S.A Scholarships $5,000 to three students, $3,000 for JAA Committee on Aging Issues and $10,000 for general program especially keirokai and apple kids programs. JAA really appreciate Mitsui U.S.A’s continued support of JAA.To: JAA Committee on Aging Issues / 高齢者問題協議会
ANA New York Senior-Kai $2,000.00
Mitsui U.S.A. Foundation $3,000.00
JAMSNET $3,500.00
NY Japanese-American Lions Club $1,000.00

○米国三井物産財団から総額$28,000の寄付が届きました。
JAA-Mitsui USA Foundation
奨学金に$5,000 x 3人
敬老会、アップルキッズ、コミュニティー活動に$10,000
高齢者問題協議会に$3,000

(左から)大沼日系人会会長、シニア会幹事の田原氏、
同石田氏、同榎田氏、平子支配人

(左から)竹田代表、島根県の宮本氏、野田JAA事務局長、
幹事の佐藤氏

○ANA ニューヨークシニア会は、6月下旬に開催した「第8回ANAシニア会チャリティーゴルフ大会」の収益金総額$4,000を、新JAA会館JAAコミュニティーセンター基金と高齢者問題協議会に各$2,000を寄付されました。

○ニューヨーク全国県人会は、6月18日に開催したチャリティーゴルフ大会の収益金の$1000をJAAへ寄付されました。県人会代表の竹田勝男氏と幹事の佐藤秋夫氏、昨年に続き連覇で優勝した島根チームのサミー宮本氏からチェックが野田事務局長に手渡されました。

○6月7日にカーネギーホールにて行われた「国際オカリナ・フェスティバル」の招待券百枚。FSI Enterprise, Inc.より。

有難うございました!


Vol.71
加藤脩治さん

ボランティア一筋
加藤脩治

70歳の大台を越えた自称、元気な老人・加藤脩治です!息子が一人(ブルックリン在住)おります。現在、妻と二人で、アストリア街に住んでいます。

少年時代から社会人になるまで、スポーツ万能選手と周りからチヤホヤされ、その影響が今尚、続いている現況です。一番嫌いなスポーツのボクシングを学生時代、更に社会人と長年に渡り、やって来たのが自慢の一つです。

北京生まれで終戦後(1946年)、日本へ帰国する(引揚者)。戦後日本の貧しさから、食べ物に飢え身長が伸び悩み、加藤(小男)の成長が止まってしまったと、周りから言われコンプレックスを感じた時期もありました。1969年ベルリンでのボクシング大会に参加の後、1969年・渡米、1971年に一時帰国(結婚)3ヵ月後に再度アメリカンドリームを夢見て、ニューヨークへやって来た日本人の一人です(2年も経たずに事業は失敗、方向転換を余儀なくされる)。アサヒビール、JTB インターナショナル(格安航空券販売・ツアー&トランスポテーション)、そして日本車販売(TOYOTA)等、大手日本企業を転々と約35年間社員として働いてきました。その他もろもろ、プラス10年間は、何でもやって来ました。

ボランティア活動に興味を持った最初のきっかけは、NY日系人会 (1976年)の存在を知る事からでした。奉仕の社会に目覚めてから今日まで、40年弱になります。創立36年を迎える、NY日系ライオンズクラブでは1979年に入会して35年になります、現在、会員の中では一番の古株です。

JAAスポーツコミッティーに従事したのは1985年、JAA外務大臣杯軟式野球大会を発足してから約30年間、毎週(日曜日)、早朝野球で選手の皆さんとグラウンドでの、お付き合いをしています。

2012年10月に起きた自然災害(ハリケーンサンデイ)の被災地復興支援活動には足掛け4ヶ月間、ロッカウェイ・パークの現場でNew York Caresの呼びかけで集まってきた一般ボランティアの人達と一緒に汗を流してきました、達成感のある活動でした。

個人的な信条とは世の為、人の為、そして何より自分の為に尽くす事をモットーとしています!(損得を考えると全てが崩れます)健康な身体が続く限り『奉仕の精神』を目指して行く所存です! 以上 暇人、加藤の経歴(戯言)を綴らせて頂きました。


Vol.71
2012の墓参会に出席したケリーさん(左)

故ダニエル・イノウエ上院議員の命を救った衛生兵
YEIICHI桑山”ケリー”

ケリー桑山氏は1918年6月1日、ニューヨーク市マンハッタンに生まれる。父親はニューヨークで初めての日本レストラン「都レストラン」を経営していた。

1940年プリンストン大学卒業後、合衆国陸軍に入隊、第二次大戦勃発後、第442連隊に衛生兵して入隊、フランスのボージュの山で失われたテキサス隊の救出に従軍、多くの兵隊の命を救う。自身も負傷したが、数週間後回復して部隊に合流し、再び任務ついた。

1945年、イタリアのポーヴァレーでの戦闘中、右腕に大怪我をした故ダニエル・イノウエ上院議員の止血をして、その命を救った。桑山氏の勇敢な行動に対しシルバースター賞が贈られ、さらにブロンズハート、パープルハート、勲功章、コンバット・メディカル章、加えてイタリアとフランスからも勲章が贈られた。2011年には第442連隊の一員として議会黄金勲章を授与された。

1945年の除隊後は、ハーバード大学経営学部で修士号を習得し、野村證券米国総支配人を務めた。合衆国商務省の海外直接投資局、証券取引委員会などで活躍し、1984年に退職。以後はチャリティーやボランティア活動に献身した。

6月29日に脳卒中で倒れ死亡。7月15日にワシントンDCでメモリアルサービスが行なわれました。遺族は51年間連れ添った妻文子さん、弟のジョージさんと妹のトミさんです。

ご冥福をお祈りいたします。